稽古

稽古という言葉が好きだ。古(いにしえ)を考える。(小学館国語大辞典)これなしに人間が創造を重ね次代に引き継ぐことはできなかっただろう。稽古なしの学習だけでいくらでもお利口になれると勘違いしている人間が多すぎるのではないか。

読み書きの前のプロセスとしての「手習い」という言葉がよく示しているように、稽古はすべからく肉体の鍛錬なのだ。最初は、師匠の形を真似る。基本の形ができてきた後は、自己の形を(つまり昨日までの自分の形を思い出し振り返りながらその動きの合理性を追求し、考えながら)真似ていく。だから稽古なのだ。

名人と言われる人ほど、稽古を怠らない。イチローは朝ごはんにカレーを食べるところから、打席に立って、バットを投手に向けるところまで嘘のようなルーティンを繰り返しているというが、これも見事な稽古なのだ。だからあれだけ安定したヒットと進塁、また守備を続けられるのだ。

言葉の意味から明らかなように、稽古はさせられているうちは本当の稽古ではない。自覚的にするようになって本当の稽古になる。肉体、筋肉の具体的な動かし方を考えるから発見があり、動作の意味がわかり、洗練が繰返される。したがって、自覚的に稽古をした者は他人に稽古をつける事ができるようになる

何の稽古もしなくなった人間は、考え発見する喜びを失っていく。だから他人に稽古などつけられるはずもない。禅でも「証上の修」とか「修証一等」という言葉がある。悟ったと思ったその上の修行、どこまでも修行を続けてこそ、修行は修行の意味を持つということなのだろう。

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