楽聞( TheJoy of Listening)

アクセスカウンタ

zoom RSS 発音練習も稽古

<<   作成日時 : 2010/12/29 12:50   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

自主的、自覚的稽古は自分に自分の形を教えてくれる。練習と言う言葉には無い、稽古(いにしえをかんがえる)と言う言葉の重みはそこにある。

自分のしていることや、身体の形が見えてくるから、その合理、不合理、美醜などを客観的に考えることが出来るようになってくるのである。

私がぼんやりとギターの練習を始めたのは中学2年の頃だった。高校生になった頃は音階やアルペジオなどの基礎練習を全体の3分の1程の時間を割くなど、自分なりの練習ルーティンも出来てきた。その頃ある程度練習した曲で決まったように間違える箇所があることに気づいた。そして、間違えるというのは、よくわからなくて間違う以上に、間違った動きを学習してまっている事だとわかっていった。


身体で間違って覚えこんでしまったものは基本的には取れない。あたらしく自覚できた正しい形を覚えていくしかない。一芸一道を極めた人々は何度となくそれを経験したに違いない。だから後進に同じ轍を踏ませないよううるさく形を仕込むのだ。

外国語の発音が年をとるほど難しくなるのは、対象外国語の形を知らずにもしくは無視して、その外国語の音韻体系では間違った形になってしまう自国語の形に頼ったり固執したりするからだと思う。

自分の内で固定してしまった形を相対化するほど新しい形を学習することは、稽古と呼ぶに相応しいほどの困難を伴うが、身体と心を柔軟に更新する実感の生まれる楽しみでもあると思う。


Click here if you liked this entry.
気に入っていただけましたら、クリックをお願いします。
にほんブログ村 英語ブログ 英語の日記へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
発音練習も稽古 楽聞( TheJoy of Listening)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる